博多で餃子と歩んで50年 博多餃子 だるまや
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■だるまやの製法  製法へのこだわり
■会社概要  会社概要  会社沿革
■だるまやについて  創業について  だるまやの歴史  博多屋台について

 
 
だるまやについて
 
 
創業について
 
博多の風景 博多の風景
 
筑前博多では、古来より常に異国文化が通り抜けてきた土地であったため、「目新しい物好き」という、気質を生みました。また、目の前には玄界灘を臨み、豊かで新鮮な海の惠みを得ることにより、美味しいものは早く消費することであるという「せっかちな気質」をも兼ね備えました。

そういう気質の博多の人たちは、異国の食文化にも博多人特有の「目新しい物好き」に「せっかち」な気質が、異質な食文化に、さっさと自分達の嗜好に合うように手を加え、博多の食文化を作り上げて着ました。
そんな博多の街で気軽に、多彩なメニューの美味しいものが食べれる屋台という文化が成熟していったのも納得です。
そんな博多で、昭和29年に創業者の岡嵜文夫がラーメン屋台として創業し、昭和31年には、中華麺・餃子皮専門製麺業を起業したのが「だるま食品」です。

現在は各種中華皮類、各種加工品等の製造卸販売をも福岡県を中心にやっております。
だるま食品は、「餃子」を通じて「色々な食材の可能性への挑戦」、「新しい美味しさへの追求」、「博多食文化のすばらしさ」を未来へつなげて行きたいと思っています。

当社は、「博多餃子だるまや」から全国の皆さまへ、博多の食文化を発信して行き続けたいと願っております。
 
 
だるまやの歴史
 

ここ「だるまや」は、大阪で修行し昭和28年に博多の地に降り立った創業者:岡嵜文夫が、博多でラーメン屋台として始めました。

写真左)始めて間もない頃。
写真右)お客さんへ麺を配達するため購入した、当時最新のエンジン付自転車みたいな物に跨る、創業者。

 
その後、屋台を営業しながら、ラーメンの麺も自分で製造を始め、 「ラーメン屋台」と「製麺業」の両方商売を始め 少しずつ顧客を増やしていきました。
そして丁度その頃、生まれて初めて見るヘンチクリンな形の「ギョウザ」と言う物を食べ、その奥深い味の魅力に驚きました。

「餃子って、う。。うまかぁ!!」「餃子に惚れたバイ!」「オレは餃子ば造るバイ!」
(博多モンは、すぐ熱くなりやすいんです)

こうして昭和31年春、博多で中華麺・餃子皮専門製麺業「だるま食品」を創業し、
"餃子のだるまさん"として、福岡市内を走り始めました。

しかし、この時点で残念ながら屋台の商売は、やめる事になってしまいます。
その後、昭和50年には博多区に工場を新設し、中華皮類・餃子皮類に加え、餃子、焼売等の加工品製造も始め、 福岡県内全域を走り回るようになり、現在に至ります。
 
 
博多屋台について
 
博多!と、言えば皆さん必ず思い浮かぶのは「屋台」ですね。
 
 
福岡市内には、現在約200軒ほどの屋台が毎晩営業しており、福岡・博多の街の名物となっています。
実は、これら屋台の起源は太平洋戦争の敗戦後、戦災で焼け出されたり外地から引き上げて来た人達が、 その日の糧を得るために闇市場や街頭で始めたものが原型となっていたのです。

そして、戦後自然と数を増す屋台に対して衛生面を不安視した厚生省は、やがて「屋台全面廃止」を目指す方針を打ち出し、福岡県も「屋台に対して営業許可を与えない」という厳しい姿勢をとりました。

「あイタァ〜!屋台が無うなるってぇ〜〜〜?」
それを聞いた、博多の屋台の大将たちは、がんばりました!

まず、「福岡市移動飲食業組合」を結成し、行政に嘆願書を出し、
また、裁判で闘争も試みました、、が、しかし・・・これは、敗訴してしまいました。

「うわぁ〜どげんしたら良かろうか?・・・・」

しかし、ここで引き下がっては九州男児の名が廃る!
と、、再度、組合幹部達は厚生省に直訴しに行き、熱く博多屋台の心を訴えました。
それが、通じたのか、、厚生省は方針を撤回しました。
これで、博多屋台は晴れて営業権を獲得し、ここから新時代・博多屋台の幕開けとなりました。



長浜とんこつラーメン、一口ぎょうざ、もつ鍋、豚バラキムチ、手羽ぎょうざ 等
多彩なメニューは、全て屋台から生まれたものなのです。

古来より大陸と日本の接点であり、大陸文化の入り口であった博多には独自の食文化が生まれ、豊かな博多食文化を形成してきました。 この食文化誕生の裏側には「屋台」という大きな存在があったのです。
こうした中、博多では一時期400軒あまりの屋台が営業し、夜の博多の街は賑やかなものでした。

現在は約半数の屋台が夜の博多で営業していますが、道路使用許可等の問題で新規の屋台営業許可は一切認められず、営業権は「現営業者一代限り、もしくは生計を共にする親族。
それ以外の名義変更は一切認めない」という、方針を打ち出しています。

このままだと、博多屋台文化の将来どうなるんでしょうか・・・。
今後、我々は博多屋台文化を未来へ伝えて行くために、色々な知恵を出して行かねばなりません。
 
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